小林よしのり氏による漫画「ゴーマニズム宣言」…
これまではギャグおよびコミカル的漫画のスタイル採っていた小林氏にとって、そのスタイルを180度転換し、エッセイ的・風刺的・時事漫画的な内容として書き上げたことが話題となった本作。
いまや漫画家というより言論人として活躍する小林よしのり氏ですが、その転機となったのは、いうまでもなく本作でしょう。
1992年1月から週刊誌「SPA!」で連載を開始。
当初はギャグ漫画家が小難しい社会問題をテーマとして語るというノリでした。
それが論壇、言論界から注目されるようになったのは、「SPA!」(1993年6月9日号)に掲載されるはずだった皇太子ご成婚を扱った回、「カバ焼きの日」からでした。
この作品、あろうことか、ご成婚パレードの最中に、「天皇制反対ーーっ」と叫んで雅子妃が手榴弾を投げつけ、大量殺人をするという、とんでもないカットが描かれていたのです。
世が世なら不敬罪で極刑になる内容でしょう。
「SPA!」の前身は「週刊サンケイ」です。
保守層の御用メディアであるサンケイグループで、こんな不敬なカットを掲載するわけにはいきません。
そこで「SPA!」編集部は、小林氏に当該カットの修正を求めますが、これを小林氏は断固拒否…
そのため「SPA!」編集部は、この「カバ焼きの日」の回を掲載しない決定を下したのです。
当時は「SPA!」が最も勢いのあった時期、その人気を牽引していた人気連載が載っていなければ、当然、どんな内容だったのかと話題となります。
「SPA!」編集部の決定を受けて小林氏は、「カバ焼きの日」の原稿を青林堂の漫画誌「ガロ」に持ち込んで「原稿料タダ」で掲載しました(1993年9月号)。
その後、小林氏は扶桑社と和解し、「ガロ」版の原稿が単行本に収録されることになったのです。
しかし「ガロ」版では、「SPA!」における不掲載までの経緯をあらたに付け加えたために、「SPA!」版の原稿は「幻」となっているのです。
さて、「カバ焼きの日」の気になる詳細ですが、1992年12月の皇太子妃の婚約から翌年6月のご成婚までのマスコミの常軌を逸した過熱報道を皮肉ったもの。
問題のカットも「雅子さまが天皇制反対を叫んで手榴弾を投げてもマスコミは大喜びで褒めそやすんだろう」というブラックジョークなのです。
あくまでも批判の対象はマスコミ、ご成婚や雅子妃に対する批判ではありませんでした。
とはいえ、小林氏の「カバ焼きの日」は、皇太子妃を大量虐殺者として描いていた以上、「メディアは皇室をどう報じるべきか」、「皇室への批判はどこまで許されるのか」というタブーに踏み込んでいました。
ゆえに論壇や言論界は、この皇室表現のあり方を巡って大いに盛り上がりました。
小林よしのり氏にも取材や執筆依頼が殺到し、「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系) への出演も増えていき、気がつけば押しも押されもせぬ「言論人」へと…
その意味で「カバ焼きの日」は、文字通り彼の”出世作”なのです。
たしかに小林よしのり氏にとっては成功でしょう。
しかし、その成功は、たとえ皇太子妃を大量殺人者として描こうと「表現の自由」、「言論の自由」であり、世の中的には許される行為という勘違いを生み出しました。
実際、保守的といわれる言論人たちは雅子妃に対して平然と「皇太子妃としてふさわしくない」、「離婚すべき」と批判をくり返しており、それが2004年、皇太子自身の会見で雅子妃の危機的状況を説明した「人格否定発言」に繋がった可能性は否定できません。
2006年には、オーストラリア人ジャーナリストが「プリンセス・マサコ 菊の玉座の囚われ人」(第三書館)を発表。
皇太子妃の妊娠に関する女性にとって触れてほしくないプライベートな内容に加えて、「鬱病」などの病歴を根拠もなく描いていました。
そんな書籍が日本でも堂々と出版されたように、雅子妃を巡る報道は、過去の「美智子妃」と比べ、非常に悪質なものが多いのです。
その最初のボタンの掛け違いに「カバ焼きの日」があった気がしてならないのです。
もちろん、一切の批判をするな、悪口を書くな、と言いたいわけではありません。
ただ、おめでたい結婚式で花嫁が爆弾魔になるイラストを描けば、描かれた側はどんな気持ちになるのか…
いくら相手が公人たる皇室関係者であろうと、やはり非常識だし、それこそ1人の女性に対する「人格否定」ではないか、と指摘したいのです。
小林よしのり氏には、彼自身の意思でコミックスに収録されている問題カットを、是非、修正してもらいたいものです。
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